失恋した夜に食べたいものは、豪華なごちそうではない
映画を観終わったあと、ストーリーよりも先に食べ物のことを思い出す作品があります。
私にとって『マイ・ブルーベリー・ナイツ』は、まさにそんな映画です。ちなみに、なんで今『マイ・ブルーベリー・ナイツ』の話を突然しているかというと、最近私の周りのブルーべりー農園さんが、けっこう勢いがあって、とても魅力的な感じがしているからです。先日も、めっちゃおいしいそうなブルーベリーの宝石箱を頂いてしまい、あっという間に食べてしまいました。
はい。
ウォン・カーウァイ監督らしい、にじむ光。ガラス越しに見えるニューヨークの夜。少し時間がゆがんでいるような映像。そして、ノラ・ジョーンズ演じるエリザベスの前に置かれる、ブルーベリーパイ。

映画を観ているうちに、頭の中はだんだんこうなってきます。
「ブルーベリーのおやつといえば、マフィンじゃね? そのほかって何かなかったっけ?」
冷凍庫を開け、冷蔵庫を見て、ジャムの瓶まで探し始める。
この映画に登場するブルーベリーパイは、単なるおしゃれな小道具ではありません。
売れ残ったブルーベリーパイが、心を休ませる
恋人の裏切りを知ったエリザベスは、ジュード・ロウ演じるジェレミーのカフェを訪れます。そこで彼女が夜ごと食べるのが、アイスクリームを添えたブルーベリーパイです。
ジェレミーによれば、ほかのパイには選ばれる理由があるのに、ブルーベリーパイだけはいつも売れ残る。まずいわけではない。ただ、その日は誰にも選ばれなかっただけ。
この話が、失恋したばかりのエリザベスの姿と重なります。
誰かに選ばれなかったからといって、その人の価値がなくなったわけではない。
頭では分かっていても、失恋の直後にはなかなかそう思えません。だからこそ、ジェレミーは無理に励まさず、温かい言葉を並べすぎず、ブルーベリーパイを差し出すのでしょう。
人は本当に傷ついているとき、正論よりも、黙って食べられる甘いものに救われることがあります。
青と紫のパイが、こんなにも夜に似合う
いちごやチェリーのお菓子には、明るさや祝福のイメージがあります。一方、ブルーベリーの深い青紫色には、夜、孤独、静けさ、少しの苦みがある。
甘いのに、どこか寂しい。
だからブルーベリーパイは、この映画の夜にとてもよく似合います。
エリザベスはニューヨークを離れ、アメリカを横断する旅に出ます。メンフィスで働き、人々の孤独や執着に触れ、自分自身の心も少しずつ変わっていく。それでも、旅の始まりにあったブルーベリーパイの記憶は、物語の奥にずっと残っています。
食べ物の記憶は不思議です。
場所を離れても、誰かと会わなくなっても、香りや味を思い出した瞬間、その時間だけが戻ってくる。映画の中のブルーベリーパイは、エリザベスとジェレミーの間に残された、小さな道しるべのように見えます。
パイを焼かなくても、映画の夜は楽しめる
この映画を観ながら、立派なブルーベリーパイを一から焼く必要はありません。
そもそも夜に映画を再生してから、パイ生地をこね始めるのは大変です。私はそこまで頑張れません(笑)。
手軽に楽しむなら、冷凍ブルーベリーにプレーンヨーグルトを添え、少量のはちみつをかけるだけでも十分。温かいものがほしい日は、食パンや市販のパイにブルーベリージャムをのせ、トースターで軽く焼く。バニラアイスをひとさじ添えれば、かなり映画の世界に近づきます。

ブルーベリーは中医薬膳学の古典で細かく分類されてきた食材ではありませんが、現代の食養生では、果実の色や酸味を楽しみながら無理なく取り入れたい食品です。ただし、冷凍果実やアイスは身体を冷やしやすいため、冷えが気になる人は温かい紅茶と一緒にどうぞ。
大切なのは、完璧な再現ではありません。
青紫色のおやつをひとつ用意して、照明を少し落とす。それだけで、いつもの部屋がニューヨークの夜のカフェに見えてくるかもしれません。
今日の結論
『マイ・ブルーベリー・ナイツ』のブルーベリーパイは、失恋を治す魔法の食べ物ではありません。
けれど、傷ついた人が次の場所へ歩き出すまで、しばらく黙って隣にいてくれるようなおやつです。
選ばれなかった夜も、うまく笑えない夜も、とりあえず何か甘いものを食べて眠る。
人生には、そういう時間も必要なのだと思います。
観ること、食べること。そして、少しだけ元気を取り戻すこと。
今夜はブルーベリーを用意して、もう一度あの青い夜を旅してみたいと思ったりなんかして。