1997年、中国返還後の香港で、撮影された一本の映画。新人監督が手掛けた低予算かつノースターであったこの映画は、リアルな香港の姿をとらえ、瞬く間にセンセーショナルな話題を呼ぶ。メジャー大作を押しのけ半年にわたるロングランヒット。香港アカデミー賞ではグランプリ・監督賞・新人俳優賞の3冠に輝いた。その勢いは海外の映画祭でも認められ数々の賞を受賞し、香港映画史を変える伝説となった――。
青春映画の不朽の名作『メイド・イン・ホンコン/香港製造』が、20年の歳月を経て、4Kレストア・デジタルリマスター版として甦る!日本にもファンの多いこの作品を手掛けた、フルーツ・チャン監督にお話を伺った。
ーーデジタルリマスター版にあたって、何か注文されたことはありましたか?
あまりにもきれいになりすぎないように、オリジナルがもつレアな感じを残してほしいと。なるべく元の状態で復元してほしいというリクエストは出していたね。
ーー作品の中で、監督が一番思い入れのあるシーンを教えてください。
高台の墓地でのシーンは、美しく印象的で一番好きなシーン。他に好きなのは…アパートのシーンかな。香港は人口が密集していて、アパートも人が写っていなければ静かに見えるけど、本当は大勢の住民が住んでいて騒がしい。治安がよくないので玄関や窓に鉄の柵がついていたり。特徴的で日本にはないものだね。そんな香港の日常を垣間見えるシーンになったと思う。
ーー主演のサム・リーさんはこの作品がデビュー作でした。監督がスカウトされたそうですが、どんな印象だったのでしょうか?
こんなに痩せてガリガリなのに、なんてパワーにあふれているんだろうと思った。とてもエネルギッシュな印象があったよ。普通からは少し外れたアウトサイダーな部分が映画になった時に魅力的になるのではないかと思ったんだ。
ーーペン役のネイキー・イムさんについてはいかがでしたか?
サム・リーは一目会って決めたんだけど、ネイキー・イムは二人目だったんだ。当時ディスコで彼女を見たんだけど当時からショートカットでなんだか普通ではないなと。
二人ともとにかく雰囲気がとてもよかった。映画のキャスティングは非常に大切。イケメンや美人を選べばいいってものではないからね。普通ではない、というのが決め手になったんだ。
ーーロン役のウェンダース・リーさんも印象に残る役で素晴らしい演技でした。
彼を選んだ理由はずばり“顔”。ロンのちょっとまぬけなイメージにぴったりだったね。彼にしかできない役だったと思うよ(笑)。演技力は…まぁまぁだったかな(笑)。彼は当時映画スタッフで雑用係的な位置だったけど、今は有名な編集者になってパン・ホーチョン(監督)の作品はほとんど彼が編集しているよね。
ーー日本の映画監督にも『メイド・イン・ホンコン』のファンは多いようですが、ここまで人を惹きつけたポイントはどこだったのでしょう?
この映画は20年前に公開された時も香港だけではなく、台湾や日本をはじめ、海外でも大きな話題になったんだ。若者の悲哀、将来に対する不安や迷いを描いていて、ストーリー自体は悲劇なんだけど、その中にエネルギーがあふれている青春映画で、どこか懐かしい部分もあったりする。そういうところがこの映画がたくさんの支持を集めた理由なんじゃないかな。
ー監督ご自身、日本のエンタメ作品をご覧になることはありますか?
日本の作品はたくさん見ている。80年代のニューウェーブ作品は特によく見たかな。森田芳光監督の作品はよく見ていて、「家族ゲーム」は特によかった。大島渚監督も好きで、「青春残酷物語」も好きな作品の一つ。僕の年代の映画人は日本の映画の影響をかなり受けているんだよ。日本の映画以外にもヨーロッパの作品も好きだし台湾ニューウェーブの映画も好きです。
僕はもともと商業映画で仕事をしていたんだけど実際に成功したのはインディーズ系の映画だった。だから僕のファンは僕が商業映画を撮るっていうとがっかりするんだよね…(笑)。ただ、香港では商業映画を撮らないと生き残れないのも事実なんだ。
ーー監督は広東省のご出身だそうですが、香港にわたって映画を撮影しようと思ったきっかけは?
僕は海南島の出身で、当時まだ海南島は広東省だったのでそう言っているんだけど、もともと両親が華僑で“改革開放”の推進があって中国に来たんだけど、当時の現状にがっかりしてしまった。そこで中国を出ようと思ったんだ。
70年代に香港に移った。当時の香港は日本でいうと60年代のような雰囲気かな。私がこの業界に入ったとき、香港映画はニューウェーブが出てきてかなり盛り上がっている時代で、成長しているときだったし、香港自体経済的にも成長していた。社会背景が成長しているときは映画も成長していく。社会と映画界というのは連動しているんだよね。他の国もそうだと思う。そんな時期に映画業界に入ることができたのはとても幸運だったと思っている。ただ、最初から映画監督になった訳ではなくて10年くらい下積みの時代はあったけどね。
ーー監督は、現在の香港映画界の現状についてはどう思われますか?
香港が中国に返還されて以降は、監督をしていればどんなテーマでも映画を撮れた環境ではあったんだけれど、商業映画になると皆あまりリスクを冒さないようになってくる。最近は中国に進出して映画を撮る監督が増えた。中国と組むとスポンサーもつくし、マーケットもよくなる。香港映画界全体が今はそういう傾向になってきている。今、大阪アジアン映画祭が開催されていて(取材当時)、香港映画もいくつか招聘されているけれどほとんどインディーズ映画。香港で映画を撮るとしてもいつも同じ俳優が出演することになる。何を見てもアンディ・ラウが出ている映画になってしまうんだよね(笑)。
ニュースターが出てこないとどの業界も下り坂になってしまう。香港には今ニュースターがいないんだよ。
ーー監督には、またサム・リーを発掘した時のようにぜひニュースターを発掘していただきたいです。
なかなか難しいね。発掘したとしてもそのニュースターを業界全体で支えていって、いい作品をたくさん作らなければならない。サム・リーはとても素晴らしい俳優だけど、コンスタントにいい作品に出演している訳ではない。いい作品を作り続けていくというのはとても難しいこと。日本も同じことが言えるんじゃないかな。山口百恵というスーパースターが現れたことでいい作品もたくさん作られたけれど同じことが今できるかというと難しいよね。台湾もそうだしね。中国も一時期若い俳優が色々出てきたけど今少し滞っているようだしね。
ちなみに日本ではまだジャッキー・チェンは人気があるの?
ーー30代以上には根強い人気はありますね。20代以下になるとどうなんでしょうか…
香港ではもう過去の人(笑)。スターがいないと商業映画は成り立たないんだよね。今の社会はインターネットやTVなどたくさんのエンターテインメントにあふれている。映画だけがエンターテインメントではないからね。
ニュースターもひとりではなく、たくさん出てこないとだめだね。韓国映画のように主役級の俳優が何人も出演しているような、そういう盛り上がりがないと厳しいんじゃなかいかな。
去年香港が返還から20周年を迎えて、香港政府がこの20年間で優れていた映画ベスト20を選出したんだけど、この20本はとても良かったと思う。ただ、今後撮られる作品にはあまり期待ができないかもしれないね。
ーーそれは先ほど監督がおっしゃったニュースター不在というのが大きな要因なのでしょうか?
ニュースターがいなければ映画館に観客が入らないよね。同じような危機をアメリカも迎えているように思う。トム・クルーズはいったい何歳なんだ?っていうくらいずっとアクション映画を撮っているし(笑)。
ーーそう考えると、「メイド・イン・ホンコン」は、20年前だからこそ出来た作品なのかもしれませんね。
そうだね。今撮影してもこんなにいい作品にはならなかったと思うよ。当時の社会が持っている空気感をいいタイミングで切り取ってフィルムに残すことができた。当時の若者の心情というものもきっちり残すことができたと思う。
ーーニュースターが出てこないという背景がありますが、映画の作り手側はどうなんでしょう?
実は若い作り手は増えているんだ。カメラも昔のように高額なものでなくてデジタルですぐ撮影ができるし撮影しやすい環境にはなっているね。でもそうして増えていくから競争にもなっている。ライバルが多いので、そこから抜け出すためにはスタンダードではだめだね。
最近の観客はテンポやビジュアルを大事にしていて、ストーリーが退屈だと帰ってしまう。アートや他の芸術なら少しスローでもいいのかもしれないけれど。
ただ、たくさんの若手が映画作りに携わっているのでそんなに悲観的には思っていないよ。そのうち素晴らしい映画を作る若手が出てくると思う。
ーー貴重なお話をありがとうございました。最後に日本のファンにメッセージをお願いします!
「メイド・イン・ホンコン」、絶対見て!とは言わないけど(笑)、もし少しでも気になったらぜひ見てほしいです。
インディーズ映画の問題点は「お金がない」「芸術家気取り」「スローペース」。この「メイド・イン・ホンコン」は“半インディーズ”になるかな(笑)。インディーズ映画に近いけれど、その型には収まらない作品だと思っています。
★『メイド・イン・ホンコン』 劇場情報★
■3月10日(土)より上映中
東京・EBISU GARDEN CINEMA
東京・ヒューマントラストシネマ有楽町。
愛知・ミッドランドスクエアシネマ
■4月7日(土)より
大阪・シネ・リーブル梅田
■4月14日(土)より
宮城・フォーラム仙台
■5月5日(土祝)より
広島・シネマ尾道
詳細は『メイド・イン・ホンコン』公式ホームページ
(http://mihk.united-ent.com/) まで。
(C)Teamwork Production House Ltd./Nicetop Independent Ltd.